Skip to content

Roametic-Travel~余白の旅

早朝の伏見稲荷、千本鳥居をひとり占めする時間
Journal

早朝の伏見稲荷、千本鳥居をひとり占めする時間

K.V.T

伏見稲荷大社は、一日のうちで何度も表情を変える。昼は世界中から訪れる人であふれ、千本鳥居の朱色は人の波の向こうにしか見えない。けれど早朝、まだ町が眠っているような時間に鳥居をくぐると、そこにいるのはほとんど自分だけになる。

伏見稲荷大社は拝観料も閉門もなく、24時間いつでも参拝できる。だから朝六時、七時という時間に訪ねても、誰にも咎められない。JR奈良線の稲荷駅を降りればもう目の前、京阪本線の伏見稲荷駅からでも歩いて五分ほどの距離だ。まだ観光客の姿がまばらな朝の京都駅から、電車に揺られて数分。そのあっけないほどの近さも、早朝参拝を思い立ちやすい理由のひとつだった。

楼門をくぐり、本殿で手を合わせてから、千本鳥居へ向かう。朱色の鳥居がびっしりと連なるあの光景は、写真では何度も見ていたはずなのに、実際にくぐってみると想像とはちがう。鳥居と鳥居の隙間から差し込む朝の光が、地面に細い縞模様を落としている。人の声も、シャッター音もない。聞こえてくるのは、自分の足音と、山の奥から吹いてくる風の音だけだ。

鳥居は奥社奉拝所の先でふたつに分かれ、「奥千本」と呼ばれる山道へと続いていく。四ツ辻まで登ると、京都の町が眼下にひらけて、朝もやの向こうに東寺の五重塔がぼんやり見える。山頂の一ノ峰まで往復すると、休憩を含めて二時間ほどの道のりになる。息が上がるほどの上り坂もあるけれど、その分だけ、山を下りてくる頃には町の喧騒がすっかり遠く感じられる。

千本鳥居のあちこちには、小さな祠や、願いを込めて奉納された「お塚」が無数に並んでいる。これらは正式な参拝ルートというより、長い年月をかけて人々が積み重ねてきた祈りの跡だ。誰かの願いの気配が、朝の静けさの中でひっそりと息をしている。そのひとつひとつに立ち止まって手を合わせながら歩くと、単なる観光ではなく、土地の信仰そのものに触れているような気持ちになる。

山を下りて表参道に戻る頃には、朝の光がすっかり町を照らして、参道の店が少しずつ開き始めている。すずめ焼きや稲荷寿司の香ばしい匂いが漂ってきて、そこでようやく「観光地としての伏見稲荷」に戻ってくる。あの数時間だけ、山全体を独り占めしていたような感覚は、早朝でなければ味わえないものだった。

千本鳥居は、いつ行っても美しい。けれど、誰もいない朱色の回廊を、自分の足音だけを聞きながら歩く朝は、もう一度そっと訪れたくなる時間だった。

参道を静かに歩く旅は、戸隠神社奥社の杉並木貴船神社と下鴨神社にも綴っている。混雑を避けて神社仏閣をめぐりたい人には春の参道を一人で歩く、神社仏閣5選もあわせてどうぞ。

K

この記事を書いた人

K.V.T(Kaori)

Webデザイナー・旅ライター。女性の一人旅でも安心して歩ける静かな場所、小さな宿、土地の食卓を、やわらかな視点で綴っています。旅先でふっと息がほどける余白を、少しずつ集めています。

→ プロフィール詳細を見る
⚡ Cached with atec Page Cache