隠岐の島で、時間の重みを聴く──ひとり旅で出会った静けさのかたち
島根県・隠岐諸島。本土から船で二時間、日本海のただ中に浮かぶ四つの島は、かつて「島流しの島」と呼ばれた。後鳥羽上皇も後醍醐天皇も、この海の向こうへ運ばれた。
そう聞くと寂しい場所のようだけれど、実際に降り立った隠岐は、しずかで、深く、底のほうで何かが鳴っているような島だった。
樹齢八百年の杉。手で掘られたトンネル。岩の洞から落ちてくる滝。
ガイドブックに並ぶ景勝地のはずなのに、どれも観光地の顔をしていなかった。ただ、長い時間そこにあった、という顔をしていた。
この記事は、隠岐をひとりで歩いた数日のことを、写真と一緒に置いておくための場所です。
フェリーのデッキで、島の輪郭がにじむ

七類港を出て二時間。陽がだんだんと低くなって、海と空のあいだの線が消えていく頃に、島影が見えはじめる。
デッキに上がると、潮の匂いに混じって、誰かが煮ているらしいインスタントの味噌汁の匂いがした。これから二時間、隠岐の島へ運ばれていくフェリーの、ささやかなにおい。
夕日が島の稜線に触れた瞬間、甲板にいた数人が、申し合わせたように口を閉じた。シャッター音すらも、しばらくは出なかったように思う。
旅は、ここから静かに始まった。
岩倉の乳房杉──八百年、ただそこにいる
翌朝、いちばん最初に向かったのは、島の中央にそびえる大満寺山。そこから少し下った深い森のなかに、「岩倉の乳房杉(ちちすぎ)」と呼ばれる一本の杉が立っている。

天然記念物の案内板には、こう刻まれていた。
樹齢約八百年。高さ三十八メートル、幹周り十一メートル。地上数メートルのところから上に向かって十五本の幹に分かれている。大小二十四個の乳房状の下垂根を枝に下げていることが特徴である。最大のものは長さ二・五メートルにも達しており、年々少しずつ伸長している。

そこへ向かう道は、ほとんど人とすれ違わない。苔と羊歯と、踏むとふかふか沈む腐葉土のうえを歩いていく。途中、杉の木立がカテドラルみたいに天井を編んでいて、見上げると光が青みがかった粒で降ってくる。
乳房杉そのものよりも、そこに辿り着くまでの森が、もうすでにじゅうぶん神聖だった。
壇鏡の滝──岩の洞のなかで、光が縦に割れる
つぎに向かったのは、壇鏡(だんぎょう)の滝。日本の滝百選にも選ばれている、隠岐でいちばん有名な滝のひとつだ。

滝そのものよりも、その滝を裏から──というより、岩の洞のなかから見られることが、この場所の特別さだと思う。
岩がぐるりと天井を作っていて、そこを縫うように水が落ちてくる。夕方近くだったから、向こう側で日が傾いていて、光が水のなかでばらばらに割れて、しぶきの一粒ずつが金色だった。
しばらく、座っていた。上を見上げると、岩の暗さと、空の青と、落ちてくる白だけがあって、ほかにはなにもない。

その手前にあった小さな滝も、岩肌にオレンジの鉱物が滲んで、そこを苔が覆って、これはこれで完成された静物画だった。隠岐の山は、湿っている。湿っているから、苔が呼吸している。
福浦トンネル──誰かが手で掘った、海沿いの道
島の北西側、海沿いの細い道を行くと、ふいに崖がせり出してくる場所がある。

これが「福浦トンネル」。明治時代、村人たちが鑿(のみ)と槌(つち)だけで凝灰岩をくり抜いた、手掘りのトンネルだ。
クルマがすれ違えないほど狭い。天井の岩肌には、いまも当時のノミの跡がそのまま残っている。
通り抜けるのに、たぶん一分もかからない。けれどそのあいだ、自分はずっと、誰かの腕の力のなかを歩いている、と思った。機械でくり抜かれた道とは、空気の重さがちがう。
※福浦トンネルは現在、崩落の危険があるため通行が制限される時期があります。訪問前に隠岐の島町観光協会の最新情報をご確認ください。
那久岬の夕方──海が、ゆっくり呼吸している
夕方の予定はとくに決めていなかったので、地元の方に「夕日のきれいな場所はどこですか」と尋ねたら、地図に丸を書いてくれた。

那久岬。島の西の端にある、灯台と展望台だけの、なんでもない岬だ。
なんでもない、というのは正確じゃない。そこに立つと、入り組んだリアス式の海岸線が、ぜんぶ見える。湾がいくつも重なって、その向こうに島影があって、いちばん奥で夕日が沈む。


風がやんだ瞬間、海がほとんど鏡みたいになって、空とおなじ色に染まった。海はずっと動いているもの、だと思っていたけれど、隠岐の海は、ときどき、息を止める。
隠岐自然館──樹齢を見つめる午後
雨の日があって、その日は屋根の下で過ごすことにした。向かったのは、西郷の港の近くにある「隠岐自然館」(隠岐ジオパークビジターセンター)。

中に入ってまず驚いたのは、部屋いっぱいを占める、巨大な杉の根だった。ガラスケースのなかに収まりきらず、剥き出しのまま床に置かれている。説明書きには「水若酢神社 杜木(もりき)・樹齢三百八十年」とあった。

隠岐は、古代から本土と海路で結ばれていて、神話と神社の島でもある。樹齢が古いということは、それだけ祈られてきた時間が長い、ということでもある。
展示は派手ではない。けれど、木の年輪を、こんなにじっくり眺めたのは、たぶん人生で初めてだった。
隠岐へのアクセスと、ひとり旅メモ
本土の港:島根県・七類港(松江市)または鳥取県・境港
フェリー:七類港から島後・西郷港まで約2時間20分/高速船(レインボージェット)約1時間
空路:伊丹空港または出雲縁結び空港から隠岐世界ジオパーク空港(島後)への直行便あり
→ 公式:隠岐汽船
島内の移動:レンタカーがいちばん使いやすい。台数が限られているのでフェリーの予約と同時に予約するのがおすすめ。バスは本数が少なく、滝や乳房杉などはバス便で辿り着けない場所が多い。
滞在日数の目安:島後(隠岐の島町)だけでも、乳房杉・壇鏡の滝・那久岬・福浦トンネルを巡ると丸一日。余裕があれば、西ノ島(摩天崖・国賀海岸)と海士町(後鳥羽上皇ゆかりの地)まで足を伸ばす2泊3日が、いちばん落ち着いて巡れた。
持っていってよかったもの:滑りにくい靴/薄手のレインジャケット/小銭(神社の賽銭、無人販売)
→ あわせて読みたい:一人旅で「持っていって良かった」と本気で思った10のもの
旅のしまい方
帰りのフェリーのデッキに立つと、来たときに見た島影が、こんどは少しずつ遠ざかっていく。
行きの自分と、帰りの自分は、たぶん同じ顔をしていない。樹齢八百年の杉の前にしばらく立っていた人間と、立つ前の人間は、同じではいられない。
隠岐は、絶景を見せにくる島ではなかった。長い時間そこにあったものを、見せにくる島だった。
その重みを、ひとつ、ふたつ、こころに置いて持ち帰ってきた気がする。

