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杉並木・五重塔・羽黒山

羽黒山の杉並木と五重塔──東北の奥で時間がゆっくりになる日

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鶴岡駅で降りると、空気がすでに山の匂いだった。4 月の東北は、関西より二歩ぐらい季節が遅い。バスに揺られて 40 分、羽黒山の麓につく頃には、街の気配はもうどこにもない。山の入口に来たのではなくて、山に呼ばれた、という言い方のほうが、なんだかしっくり来る気がした。ひとりで来た。それが正しい気がして。

随神門をくぐる──杉並木の参道へ

随神門の朱色が、木々の緑の中で一層深く見える。ここから、出羽三山の聖域が始まる。

杉並木・五重塔・羽黒山

門をくぐると、空気が変わる。というより、時間が、ゆっくりになる。

杉並木が両側から迫ってきて、石段がゆるやかに下りていく。下るというのは珍しい参道のかたち。下って、谷の底で五重塔に出会って、そこからまた登っていく。この参道の設計そのものが、霊場の物語を歩いているような感覚になる。

樹齢何百年なのかわからない杉が、道の両脇に続く。首が自然と上に向く。見上げると、葉の隙間から光が縦に落ちていて、その光の中を、遠くで鳥が横切った。

五重塔──杉の暗がりの中の、白木

石段を下りきったところで、塔が現れた。

五重塔・杉並木・羽黒山

写真で見ていたより、ずっと小さく感じた。というより、周りの杉が大きすぎるのかもしれない。でも、その小ささが、逆に、手のひらに置いて見るような愛おしさを生んでいる。

国宝に指定されている木造の五重塔。約 600 年前に再建されたと聞いた。600 年という数字は、やっぱり現実味がない。けれど、目の前に立っていると、それが単なる数字ではない、確かな時間の厚みとして、体に入ってくる。

近くまで寄ると、木の継ぎ目の一つひとつが見える。釘を使わずに組まれた木は、湿った空気の中で、かすかに呼吸しているように見えた。手を触れてはいけないけれど、触れずとも、温度が伝わってくるような。

齋館までの石段──数えることをやめる場所

五重塔を見た後、参道は登りに変わる。ここから頂上の出羽三山神社までは、二千段を超える石段が続く。

杉並木・木柱・羽黒山齋館

最初のうちは数えていた。百段、二百段、三百段──。でも、五百段を超えたあたりで、数えることをやめた。正確な数字より、足の裏の感覚のほうが、大事になってくる。

石段の途中には、赤い木柱の齋館がある。ちょうど休憩したい頃合いに現れる、この配置のうまさ。歩いた人のことを、昔の人が考えて造ったのだとしたら、その優しさに、胸のあたりが、ふっと静かになった。

腰を下ろして、水筒のお茶を飲む。冷えていた水が、口の中でほどけていく。歩くということは、こういう些細なものの味が、深くなることなのかもしれない。

結び:足の裏に残る、時間の重さ

頂上まで登り切った時、宿坊の瓦屋根が見えた。そこから見下ろす参道の杉並木は、まるで緑の川が、谷をゆっくり流れているようだった。

帰りのバスの窓で、足が軽く痺れていた。疲れたというより、一日分の時間が、ちゃんと体に溜まっている、そういう感覚。

ふと、鶴岡出身の作家・藤沢周平が描いてきた、庄内の静かな時間のことを思い出した。彼の小説の中では、人は急がず、ただ風景の中にそっと存在している。羽黒山は、そういう時間のかたちを、体で思い出させてくれる場所だった。

また、来ると思う。次は、冬の雪がうっすら積もった頃に、もう一度、あの石段を数えずに歩きに。

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