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駅名標・駅・宮ノ下駅

箱根湯本、雨の日のひとり歩き──渓流沿いの宿と、登山鉄道の駅

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箱根に向かう朝、小田原あたりから細かい雨になった。電車の窓につく雨粒が、奥の景色を少しぼかしていく。観光のピーク時期から少しずれた 4 月の平日、雨の日。きっと、箱根の表情が、ひとつ静かなほうに傾いている日。そういう日のほうが、ひとりで歩くのに向いている気がする。

箱根登山鉄道・宮ノ下駅──駅舎で雨宿り

湯本で乗り換えて、赤い車両の登山鉄道に揺られる。スイッチバックで山を登っていく、独特の車窓。雨に濡れた青葉が、車両の窓ぎわをさらさらと流れていった。

駅名標・駅・宮ノ下駅

宮ノ下駅で降りて、駅舎の軒下で、雨脚が弱まるのを待つ。ホームの古い木の柱に、少し色あせた駅名標が貼ってある。数字と文字だけの、飾り気のないかたち。でも、その簡素さが、雨の景色の中で、むしろくっきり浮かんでいた。

駅には、地元のお母さんがひとり、ベンチに座っている。「雨、しつこいですねえ」と、短く目が合って、それだけ。こういう、旅先の短い会話が、あとで思い出される種類のもの。

湯本温泉街、渓流沿いの宿に着くまで

宮ノ下から湯本へ降りてきて、宿までは川沿いを歩いた。早川の流れが、雨で少し太くなっていて、水音が大きい。

渓流・旅館・箱根湯本

宿は、渓流のすぐそばに建っていた。玄関で傘を傾けて、しずくを落としてから、中に入る。木の香り、畳の香り、雨で湿った外の土の匂いが、入口のところで混ざっていた。

部屋の窓を開けると、目の前が川。水音は、思っていたより大きい。けれど、これは、耳のうるささとは違う種類の音だ。昔、祖母の家で、夏にクーラーの音を、わざと消して眠っていたことを思い出した。音があることが、静けさの一部になる、そういう音。

お茶を淹れてもらって、濡れた髪をタオルで軽く押さえて、窓際に座る。あ、まだ何もしていないのに、もう、旅が始まっている、と思えた。

歩道橋から見る、湯気の立つ温泉街

夕方、雨が上がった隙に、歩道橋を渡って商店街のほうへ出た。

温泉街・歩道橋・箱根湯本

歩道橋の上から見ると、温泉街の屋根の上に、薄く湯気が立っていた。霧と湯気と、まだ残った雨の靄が混じり合って、どれがどれだか、もうよくわからない。でも、それが、いい。輪郭が、やわらかい街。

商店街を歩いて、蒸したての温泉饅頭を一つ買った。紙の袋が、手のひらの中で温かい。あんこの甘さが、歩き疲れた体にしみる。川沿いのベンチに腰掛けて、饅頭を食べながら、ぼんやり水面を見ていた。

「しばらく降っていたから、水の色が濃いですね」──通りかかったお爺さんが、そう言って、また、ゆっくり歩いていった。誰かに話しかけたというより、独り言に近いような、それでいて、わたしに向けられていたような、不思議なテンポの言葉。

結び:雨の旅は、ひとりのほうがいい

宿に戻って、温泉に浸かった。露天風呂から、さっきまで歩いていた川の音がする。湯気の向こうに、また霧。

雨の日の旅は、晴れの日とは違う、独特の時間のかたちがある。誰かと歩くと「どこに寄ろう」「何をしよう」という話になる。ひとりだと、ただ、雨を聴いているだけで、充分になる。

森鷗外だったか、永井荷風だったか、はっきり思い出せないけれど、誰かが「雨音は、もっとも贅沢な沈黙だ」と書いていた気がする。違っていたら、ごめんなさい。でも、この夜の箱根の水音を聞いていると、その言葉が、ぴったり当てはまる気がした。

また、来ると思う。次は、紅葉が色づいてから。

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