この記事には広告リンクが含まれています
誰かと一緒に行く旅も悪くない。けれど、たまには誰にも気を遣わず、自分のためだけに時間を使う旅が、どうしようもなく必要になることがある。そんな48時間を、私は福井で過ごした。永平寺の朝の静けさと、九頭竜渓谷の水音だけが、私に語りかけてくれた旅だった。
永平寺の朝──誰も知らない自分になれる時間
朝5時半。まだ薄暗い境内に、白い息が混じる。永平寺の朝の座禅体験は、一般参拝が始まる前の、まだ世界が目覚めていない時間に行われる。
足を組んで座る。背筋を伸ばす。呼吸を数える。ただ、それだけのこと。なのに、こんなにも難しくて、こんなにも静かで、こんなにも自分と向き合わざるを得ない時間があっただろうか。
隣に座る人たちの気配は感じるけれど、誰も私を見ていない。誰も私に何も求めていない。その安心感が、じわじわと肩の力を抜いてくれる。道元の『正法眼蔵』に「只管打坐(しかんたざ)」という言葉がある。ただひたすらに座る、という意味だ。成果も、効率も、目的さえも手放して、ただ座る。一人だからこそ、この「ただ」に辿り着けるのかもしれない。
箱根・阿弥陀寺で過ごした初夏の静寂のときもそうだったけれど、観光地でありながら人の少ない早朝の時間は、自分だけの特別な空間になる。
警策(きょうさく)という木の棒で、肩を打ってもらう。思っていたより鋭い音。でも痛みというより、張り詰めた何かがほどけていく感じがした。
精進料理の昼──沈黙の豊かさを、ひとりで噛みしめる
座禅のあとは、永平寺近くの精進料理の店へ。一人でも予約を受け付けてくれる、小さなお店だった。
胡麻豆腐、山菜の天ぷら、炊き込みご飯。どれも薄味で、素材の味がやさしく口のなかに広がる。一人だから、誰にも話しかけられない。だから、ひとつひとつの料理の味を、ゆっくり確かめるように食べることができた。
誰かと一緒だったら、「おいしいね」と言い合っていたかもしれない。けれど、この沈黙のなかで味わう食事には、言葉にならない豊かさがあった。噛む音、箸が器に触れる音、お茶をすする音。そういうものがすべて、自分だけのものとして存在していた。
食後、境内をもう一度ゆっくり歩いた。観光客が増えてきた時間帯だったけれど、朝の静けさを知ってしまった私には、もうどんな喧騒も遠くに感じられた。
九頭竜渓谷──誰とも話さない午後の、静かな充足
2日目は、永平寺から車で40分ほどの九頭竜渓谷へ。
渓谷沿いの遊歩道を歩く。水の音だけが、ずっと耳に届いている。透明な水が岩を越えて流れていく様子を、立ち止まって、何分も眺めていた。誰にも急かされない。誰にも「次に行こう」と言われない。ただ、自分の気持ちが動くまで、そこにいることができる。
一人旅は、自分のペースで歩けるということだ。疲れたらベンチに座り、川を見つめる。面白い形の石があったら、しゃがみ込んで手に取ってみる。誰かがいたら恥ずかしくてできないことを、ここでは全部、自分に許していい。
道端に咲いていた小さな白い花の名前を、私は知らない。けれど、その花が風に揺れているのを見ているだけで、胸の奥が静かになっていくのを感じた。言葉にすると、どうしても足りない。
小さな温泉宿──一人泊を歓迎してくれる、やさしい夜
その日の宿は、大野市の山あいにある小さな温泉宿だった。「一人泊歓迎」と書かれたホームページを見つけたときの、あの安心感。
一人用の部屋は、必要なものだけが揃った、シンプルな和室だった。窓からは山の稜線が見える。夕暮れの空が、藍色からオレンジへと、ゆっくりと色を変えていった。
温泉は、小さな露天風呂がひとつ。誰もいない時間を狙って入りに行くと、湯船に浸かるのは私だけだった。湯けむりのなかで、ぼんやりと空を見上げる。星がひとつ、ふたつ、瞬いている。
夕食は部屋食だった。地元の川魚、山菜、炊きたてのご飯。女将さんが静かに運んできてくれて、「ごゆっくりどうぞ」とだけ言って去っていった。その距離感が、ちょうどよかった。
一人旅は、特別なことじゃない。ただ、必要なこと
3日目の朝は、宿の近くを少しだけ散歩してから、帰路についた。
一人旅は、誰かに自慢するためのものじゃない。贅沢でも、勇気がいることでもない。ただ、自分を取り戻すために、ときどき必要な時間なのだと思う。
誰かといると、どうしても相手に合わせてしまう。気を遣ってしまう。それが悪いわけじゃない。けれど、たまには誰の目も気にせず、自分のペースで呼吸する時間が、どうしても必要になる。
滋賀・朽木の湯治旅や永平寺と九頭竜川をめぐる2泊3日で感じたように、永平寺で座った早朝の静けさも、九頭竜川のせせらぎも、温泉宿のやさしい夜も、すべて一人だったからこそ、深く味わえた。誰かと共有しなくても、ちゃんと心に残る景色がある。そんな当たり前のことを、この旅は思い出させてくれた。
また、ここに戻ってきたいと思った。次もきっと、一人で。
旅の準備に
※ 本ページにはアフィリエイト広告が含まれます