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春の夕日に染まる八幡堀の和船

近江八幡 一人旅で静かに満ちる水郷と建築、京都を離れて滋賀の余白へ

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京都に行きたいと思うたび、わたしは電車を一駅先へ進める癖がついた。観光客の波をすり抜けて、琵琶湖の向こう側へ。近江八幡は、そんな「じゃない方」の旅がしっくりくる町だった。駅を降りた途端、空気が少しだけ柔らかくなる。看板も、人の声も、すべてが京都より一段低く、静かに響く。

葦の隙間を縫うように、手漕ぎ舟が進む

近江八幡に来たら、まず水郷めぐりへ向かう。有名な「八幡堀」もいいけれど、もう少し奥へ入った「西の湖」周辺の小舟に乗ると、世界が一気に凪いだ。

舟頭さんが竹竿で舟を操り、葦の間を静かに進んでいく。水面は鏡のように空を映し、風がやむと音が消える。ときどき水鳥が飛び立つ羽音だけが、時間の流れを思い出させてくれる。

「この辺りは昔、米の運搬路だったんですよ」と舟頭さんが教えてくれた。観光のためではなく、暮らしのためにあった水路。その名残が、今もそのまま残っている。

葦が風に揺れる音を聞きながら、わたしはただ舟に身を預けていた。何も考えなくていい時間。何も話さなくていい距離。それが、ひどく心地よかった。

川沿いに佇む古い木のベンチ

ヴォーリズ建築が、暮らしに溶け込んでいる

水郷から戻って、町なかを歩く。近江八幡には、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが手がけた建物が点在している。観光地として整備されすぎていないところがいい。看板も控えめで、住宅街の中にひっそりと佇んでいる。

旧八幡郵便局や白雲館、アンドリュース記念館。どれも小さくて、やさしい。装飾は派手ではなく、窓枠や扉の曲線に、ヴォーリズの丁寧な仕事が宿っている。

特に印象に残ったのは、池田町洋風住宅街。生活感のある路地の奥に、淡いクリーム色の洋館が並んでいた。誰かがそこで暮らしている。洗濯物が干してあって、玄関先に自転車が置いてある。

観光名所として切り取られていない風景を見ていると、「ここに住んでいる人たちは、毎日この建物を見ているんだな」と思った。それが少し羨ましく、少し愛おしかった。以前紹介した竹原の町並みにも通じる、生活と歴史が溶け合った静けさがここにはある。

近江八幡市の旧八幡郵便局 ヴォーリズ建築

赤こんにゃくと、近江牛のやわらかさ

昼食は、堀沿いにある小さな食堂で近江牛の煮込みを食べた。赤こんにゃくという、近江八幡独特の食材が添えられていて、それがほんのり甘辛く、箸が止まらなくなる。

店主のおばあちゃんが「赤いのは三二酸化鉄で色つけてるだけやから、安心してな」と笑いながら教えてくれた。派手な色だけれど、味は素朴。この土地の人たちが何代も食べてきた味なのだと思うと、噛みしめる一口ひとくちが、少しだけ深く感じられた。

近江牛は、噛むと繊維がほどけるような柔らかさ。脂っこくなくて、最後まで重たくならない。ご飯をおかわりして、こんにゃくも全部食べた。

静けさと、暮らしの名残を持ち帰る

夕方、もう一度八幡堀の脇を歩いた。観光客はまばらで、地元の人たちが犬を連れて散歩していた。堀に映る空が、少しずつ茜色に変わっていく。

近江八幡は、観光地として完成されていない。だからこそ、旅人がそこに自分の余白を持ち込める。急かされない。見るべきものリストに追われない。ただそこにいて、水の音を聞いて、建物を眺めて、ゆっくり歩く。

京都のような華やかさはないけれど、その分だけ、自分の呼吸を取り戻せる場所だった。こちらの記事でも触れた箱根の阿弥陀寺や、鶴岡の精進料理宿と同じように、近江八幡にも「引き算の豊かさ」がある。

春の夕日に染まる八幡堀の和船

帰りの電車で、窓の外に流れる田園風景を見ながら思った。「じゃない方」には、いつも静かな正解がある。

近江八幡は、京都から電車で約40分。でも、その距離が嘘みたいに、空気が違う。次に関西へ行くとき、もしあなたが「定番じゃない場所」を探しているなら、この町はきっと、あなたの余白を受け止めてくれる。

何も持たずに、手ぶらで歩くのがいい。そんな風に思えた旅だった。


近江八幡へのアクセス
JR京都駅から東海道本線で近江八幡駅まで約40分。駅から水郷や八幡堀周辺へは、レンタサイクルか徒歩(約15-20分)がおすすめ。ヴォーリズ建築群は徒歩圏内に点在しているので、地図を片手にゆっくり巡るのが心地いい。

滋賀県にはほかにも、静かな旅にぴったりの場所がある。もし山の空気を求めるなら、滋賀県高島市朽木もぜひ訪れてほしい場所のひとつ。

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